コギャル代表からスーパー進学校に お嬢様学校がピンチ  変貌した中学受験の平成勢力図

 

 

平成最後の首都圏中学入試が2月1日、ピークを迎えている。一部の教育熱心な層だけの関心事だった中学受験も、いまや首都圏では5人に1人が挑む時代になった。今年受験を迎えた子を持つ親世代は、ちょうど平成になった頃の小中学生。偏差値表を見て、当時の学校の並びとの違いに驚くことも多いかもしれない。平成の30年で勢力図を塗り替えたものとは



■進学校=別学を変えた共学進学校の誕生

 中学受験の動向に詳しい森上教育研究所代表の森上展安さんは、この30年の大きな変化として「当時の難関私学は男子校と女子校しかなかったが、共学の進学校ができた」ことを挙げる。

 東京学芸大附属や筑波大附属など都内の国立しかなかった共学進学校だが、私学として成功したのが渋谷教育学園幕張(千葉)、渋谷教育学園渋谷(東京)だ。

 渋幕、渋渋として知られる姉妹校は、大手進学塾の四谷大塚や日能研が公開している偏差値ではともに女子が最難関。男子も筑波大附属駒場(東京)、開成(東京)に迫る難易度に。

 渋幕は昭和58年に高校が開校。一昨年は78人の東大合格者を出すなど、合格者数ランキングではトップ10の常連となり、昨年の合格者数は東大48人、京大13人、一橋14人、東工大12人、国公立医学部計46人だった(卒業生372人)。

 一方、渋渋の前身は渋谷女子高。“渋女”といえば、おしゃれなグレーの制服に渋谷と原宿の間という完璧な立地、アラフォー世代にとってはコギャルの代表校的存在で、その華麗な変身には驚くはず。

 同校は平成8年に改組し共学の渋谷教育学園渋谷となり、昨年の大学合格実績は東大25人、京大5人、一橋11人、東工大5人、国公立医学部計10人。激戦区の都心で屈指の進学校へ変貌した背景を森上さんはこう語る。

「渋渋には渋幕という成功例があった。渋幕も最初は偏差値50足らずだったが、渋渋ができる頃には60くらいまで上がっており信頼感があった。ここまで上がったのは、都内に共学進学校が少なく共学志向が強まった女子につられて男子も動いたからでしょう」

 女子の共学人気と進学熱が押し上げた結果と見ている。



そしてもう一校、森上さんが「大化け。劇的に変わった」と挙げたのが広尾学園(東京)だ。前身は順心女子学園という目立たぬ存在で、廃校の危機にさらされると平成19年に広尾学園に改称し共学化。インターナショナルコースで特色を打ち出し、23年には医進・サイエンスコースも設置された。

「共学志向が高まる中、渋渋などの受け皿となりグローバル志向を満たしてくれる学校で、さらに言えば、偏差値が分からず手あかがついていなかった。学校側も期待に応えた」と森上さん。上位校に届かなかった層を取り込むと、一昨年は東大6人、京大5人の合格者を出したことで注目を集めた。

 新勢力で切り札になったのが国際色だ。広尾学園は78人、渋渋と渋幕は30人近く海外の大学に合格者を出しており、森上さんは、「東京の伝統校になくて渋幕にあったのは国際化。ハーバードなど米国の大学に進学というのは渋幕が先鞭をつけた。帰国子女を中心に上手くやり、別の魅力があったのも大きかった。広尾も海外に進学しやすいカリキュラムで、学校に行けばネイティブの専任教員の多さに驚く。充実度が全然違う」と、新興校ならではの魅力を語る。

 大学の新設学部では国際が乱発されているが、それは中学受験でも同じで、大手進学塾のベテランスタッフは、最近の傾向として「なんでも国際とつければいいという流れになっている」と、2文字の威力を力説する。

「受験生の親に大学ブランドと、英語、国際の志向が強い。交換留学やネイティブの先生がどれくらいいるか。渋谷系は国際と英語を売りにしていて海外大進学を推し進めていて実績もある。海外大に強い学校は人気」

“国際”は平成の受験界のパワーワードだったのかもしれない。



■進学校の地位を不動にした女子校“新御三家”  

 別学の躍進校で真っ先に挙がるのは豊島岡女子学園(東京)だろう。もとはお裁縫学校で、朝の5分間運針で知られる同校は、30年前に入試日を変更し、御三家などを受ける上位層の併願校としての道を選ぶと、今では女子校最難関の桜蔭(東京)と並ぶまでになった。進学塾スタッフによると、最近では桜陰ではなく、あえて豊島岡を選ぶ子もいるという。「昔ならありえなかった。御三家は自学自習ができる子に向いているが、豊島岡は面倒見が良い。御三家に食い込もうとがんがん鍛えてくれて、実績も上げている」


森上さんが豊島岡とともに「勝ち組」女子校に挙げたのが、東京の鴎友学園女子と吉祥女子、そして神奈川の洗足学園だ。

 豊島岡と合わせて“新御三家”とされる鴎友と吉祥の躍進理由を、森上さんは「25年から30年かけて改革したリニューアル校。高校入試ではどちらも偏差値40くらいだったが、少子化が進む中でハイレベルな中高一貫にしないと生き残れないということで、中学に力を入れてイメージを一新した」と語る。

 そして、今や桜蔭を狙う子の併願校となった洗足学園は、立地も追い風に、神奈川の女子校トップに君臨してきたフェリス女学院に並ぶ難関校になった。「田園都市線沿線(溝の口)で横浜都民がたくさんおり、上昇志向の強い親が多い地域。当時の校長先生が『神奈川北部のフェリスにするんだ』と言うとみんな笑っていたけど、本当にそうなった」(森上さん)

 ここに挙げた学校にも共通するものがある。帰国子女の積極的な受け入れだ。

 森上さんは、「帰国子女は伝統校が嫌がった。異文化なので学校の色に染めるのに時間がかかる。そこを共生しようとしたのが渋幕、渋渋、そして洗足と鴎友。帰国生が多いことで英語のモチベーションがすごく上がる。大学受験は英語が決め手。女子校は早慶など私大で実績を出し、それができたら国立、理系、医学部に力を入れて進学校にしていった」と、柔軟な方針が奏功したとみる。

 進学実績が人気に直結するのは仕方ないとはいえ、大手塾スタッフは、それ以外の魅力もあると話す。「吉祥はバランスが取れていて、芸術系に進学する生徒も多い。色んな可能性を広げて伸ばしてくれる。洗足も音楽に力を入れていて、人気にはそうした理由もあるのでは」

 新たな女子進学校が台頭する中で、森上さんが「大苦戦」と指摘するのがカトリック系の女子校だ。いわゆるお嬢様学校は厳格な校則で知られ、「カトリックの良さではなく大学進学にばかり目がいくようになってしまった。いい学校でありながら、厳しいゆえに楽しさを訴えられていない」と残念がる。

 厳しさが好まれないのは男子校も同じ。パワハラやブラック校則が世間を騒がせるご時世ゆえ、日々受験生と接している進学塾のベテランスタッフも、こう明かす。

「こういう時代なので本郷や成城、海城のような自由で男子校を謳歌できる学校が好まれて、校則が厳しいところは敬遠されがち」

 校風で明暗を分けたのが、男子校“新御三家”とされる海城(東京)と巣鴨(東京)だ。以前はほぼ並んでいたが今では両校の難易度には開きがある。



厳しいと言われる巣鴨のHPを見ると、「硬教育(努力主義)による男子英才教育」の理念から始まり、年間行事には「大菩薩峠越え強歩大会」、総フンドシ姿の「巣園流水泳学校」、さらには「蹴球班」「籠球班」と呼ばれる部活動紹介と、なかなか勇ましい文字が並ぶ。

 約20年前の卒業生に聞くと、

「毎朝、詰め襟が閉まっているかチェックされて、3回見つかると親を呼び出して反省文。買い食いも禁止。柔剣道が必修で全員有段主義、早朝寒稽古もあった。夏合宿も、朝5時半に起こされて夜11時くらいまで勉強。みんなどうやって脱出するかみたいな感じで、遊びたい盛りにはきつい。海城とかの方がイケてた」

 と、消化不良気味な青春の思い出が返ってきた。それでも、こう笑った。

「生きる力という理念はいいし、本当に強靭な人間ができるので、今の子にもはまったらとてもいい教育だと思う。最近はマイルドになったと聞くけど、友だちの中には『それじゃイカン』と言う人もいる」

 森上さんも「巣鴨は昔と全然違うので、もっとイメチェンを推していかないと。これから良くなる」と、期待する学校だ。

 世の流れを反映してきた受験の世界。次の時代を引っ張るキーワードは果たして……。(小林幸帆)


2019.2.6
アエラから転載